メンタルが弱~~~い駅員の話

都内某所で働く駅員のブログ

はじめてうつになった時

 お疲れ様です。福岡留萌です。

 今日は久々に昼過ぎまでぐっすり眠ってしまいました。これも薬の影響なのでしょうか。おかげで気持ちよく目覚めることができましたが、一方でこの時間になってもあまり眠くないという困ったことにもなっています。

 

 外はいい天気でしたが、外に出ることはしませんでした。外に出て太陽の光を浴びるもの治療になるとわかってはいるのですが、どうにも体が動きません。なんとかしないとなぁ、とは思うんですけどね。

 

 さて、ブログタイトルを読めばおわかりになるかとは思いますが、私がうつ病を患うのは今回で2度目です。今回は初めてうつ病と診断された時のことについて書いていきたいと思います。

 

 都内の某短大を卒業した私は、新卒採用でとある企業に就職することができました。全国に支店や営業所を持つ大きな会社で、名前をご存知の方も多いのではないかと思います。

 配属先は神奈川県内のとある工場で、私は人生初の一人暮らしを始めることになりました。

 幸いにも先輩方はみな良い人で、一人暮らしもそれなりに楽しんでいました。

 

 事態が一変したのは、その年の秋でした。

 それまで私は、機械の整備を担当していたのですが、先輩社員が一人別の部署へ異動することになり、その方の後任として私が選任されました。

 会社としては、私を見込んで選んでくれたのでしょうし、そのことについては嬉しく思い、前向きに取り組もうと考えていました。

 

 ですが、実際に業務に就くようになってからというもの、失敗ばかりしてしまう日々が続きました。

 当時私が所属していた部署は少々特殊で、全国でも本社と私のいた工場の二箇所のみが拠点となっていました。そうした状況の中で、引き継ぎも満足に受けられずに実戦へ放り出される形となったので、時には自社だけでなく相手先の企業にまで迷惑をかけることもありました。

 担当から外してほしいと思うこともありましたが、人手不足なのはよくわかっていましたし、代役を立てるとなれば今度は工場が回らなくなってしまう。

 結局、私が頑張るのが最善策だと考え、仕事を続けた結果、限界を迎えたわけです。

 

 家に引きこもるようになり、会社からの電話もすべてシャットアウト。そうした日々を送る中で、「死のう」と思うのにそう時間はかかりませんでした。

 入居時から風呂場に備え付けられていた突っ張り棒にタオルを巻き、首吊りを試みました。タオルに首をかけた時のことは、よく覚えていません。というか、なにも考えていなかったような気がします。

 ですが、結果的に私は死にませんでした。結び目が解け、私は床に叩きつけられました。

「これはきっと、死ぬな、って神様が言っているんだなぁ……」

 そう思ったことだけは覚えています。

 

 その後、度重なる無断欠勤を不審に思った上司が、万が一の事態に備えて警察官を伴い私の家を訪れ、保護。精神科を受信したところ、やはりというべきか、うつ病と診断されました。

 結局私は、数ヶ月間の休職期間をいただいた後、その会社を退職しました。

 これが、私が初めてうつ病になった時の経験です。

 

 今思うのは、「あの時死ななくてよかったなぁ」ということです。

 自殺未遂から今日に至るまで、たくさんの出来事がありました。辛いことだってたくさんありましたが、良いこと、楽しいことも多かったです。

 友人と野球を見に行ったり、ドライブへでかけたり。

 面白い漫画や小説、かっこいい音楽にも出逢えました。

 きっとこの先も、こうした出会いがたくさんあるはずです。

 今はまた、ちょっと疲れちゃってますけど、でも、とりあえず死ぬのはやめておこうと思っています。