メンタルが弱~~~い駅員の話

都内某所で働く駅員のブログ

今年初の病院

 お疲れ様です。福岡留萌です。

 

 数日前、私は気合を入れて起床しました。
 泊まり勤務の時に使用していた目覚ましのアラームで起き、洗顔と朝食を済ませ、白ワイシャツにスーツ、ネクタイを締めてコートを羽織るというどこから見ても「サラリーマン」そのものの姿で家を出ました。
 そして、久しぶりの朝ラッシュに揉まれながら、電車に揺られること約一時間。

 

 そう。新年初の診断の日でした。

 

 詳細は省きますが、この年末年始で家族と話す機会が多くありました。その中で家族から提示されたのは、「今の仕事が辛いのであれば、無理して復職を目指さずに、退職して別の仕事を探せば良いのではないか」という意見でした。
 ですが、私はこれに対してはっきり「ノー」と答えることができました。
 実は、自分自身でも、駅員という仕事について考えていました。
 良いことといえば「多少英語が話せるようになったこと」と「たまに子どもから手を振ってもらえること」、そのくらいです。実際、割合でいえば8;2くらいで辛いことのほうが多い仕事です。
 ですが、その仕事に、私自身がやりがいを感じていたこともまた、事実なのです。

 

 例えば、無事に最終電車を送り出し、改札口を閉めて、誰もいないコンコースを通って仮眠室へ引き上げる時。
 または、無事に勤務を終えて、次の出番者に見送られながらロッカーへ向かう時。
「ああ、今日も無事に終わってよかったなぁ」
 人々の生活の中でなくてはならない、鉄道の安定輸送に携われたことに、私はたしかにやりがいを感じていました。
 だからこそ私は、やはり駅業務へと戻りたいと思えるようになりました。それも、なるべくはやく。ブランクが大きくならないうちに、と。

 

 そんなわけで、今回の診察にはそれなりの覚悟を持って挑みました。
 先月の初めから考えれば、気力・体力ともに回復している。できることなら2月から職場復帰したい。そんな思いを先生に伝えました。
 正直、これで職場復帰が決まると思っていました。
 ですが、先生からの返事は、私にとって意外なものでした。
 簡単にいえば、「職場復帰の判断は先送りにする」、という内容でした。

 

 先生から伝えられた内容は二つ。
 一つは、初診時の私の症状が重篤であった、ということです。
 慣れ親しんだはずの業務内容を忘れてしまう、という私の症状は、はっきり言ってかなり重篤であり、短期間での職場復帰は難しいと考えられ、先生の見立てでは三ヶ月で復帰できれば上出来と考えていたようです。
 そしてもう一つは、うつ病と診断された人が自ら命を絶つ場合、その多くが「回復の兆しが見え始めた頃」に実行しているという事実です。
 その理由は、気力・体力が戻り始めているこの時期であれば、実際に死ぬだけの元気(というと妙な表現に思えますが)があるから、だそうです。
 私には、自ら命を絶とうとした過去があります。その時は運良く失敗しましたが、今回職場復帰を焦るあまり、不完全な状態で業務に就けば、かえって精神的に追い詰められるかたちとなり、再び死を選ぶ危険性がある、ということでした。

 

 以上の二点から、今回の診断では職場復帰についてオッケーが出ることはありませんでした。
 自分自身としては2月から復帰を果たしたいところではありますが、家族や職場からは、「休職期間が伸びてもかまわないから、ゆっくり治療をして万全の状態で職場に戻るべきだと思う」とアドバイスを受けています。

 

 結果が出る今月末まで、なんだか宙ぶらりんな気分で日々を過ごすことになりそうですが、あまり後ろ向きに考えることなく、いつ復帰してもいいように、生活リズムを戻したり、外出回数を増やしたりといったことを目指したいと思います。